京都・漢方専門クリニック 

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1800年前の医師の洞察 

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2018年4月24日 火曜日

この3月、ニューヨーク大学医学部が中心となった研究成果がScientific Reportsに掲載され、ニューズウィーク日本語版(2018年3月29日)に動画入りの記事で紹介されました。
『ヒトの器官で最大の器官が新たに発見される』 ニューズウィーク日本語版(2018年3月29日)LinkIcon

「皮膚の下にあり、消化管や肺、泌尿器系に沿ったり、動脈や静脈、筋膜を囲んだりしている層は、従来、結合組織と考えられていたが、実は、体液を満たし、相互に連結し合う区画が、全身にネットワーク化されたものであることがわかった」とし、「これを間質という新たな器官として定義すべき」と世界で初めて提唱した。(ニューズウィーク日本語版 からの引用)
 私が医学生だった時の大学の授業でも間質液というものを習いました。これは血管やリンパ管のような管腔や脳脊髄腔や関節腔のような体腔以外の、臓器や人体の構造物の間に存在する液体です。Scientific Reportsの研究はこの間質液が存在する場所にミクロの解剖学的構造があって、これが人外の臓器だけでなく血管、筋膜、皮膚など相互に繋がっていることを発見したのです。

Structure and Distribution of an Unrecognized Interstitium in Human TissuesScientific Reports volume8, Article number: 4947 (2018)LinkIcon
 この記事を読んで、とうとう三焦(さんしょう)の実体が解剖学的に証明されたなと感じたのです。私は5年前に「中医臨床」という専門誌に『三焦の実体と相火に関する考察』という論考を発表していました。これは中国伝統医学の三焦と呼ばれる臓腑(六腑の一つ)が概念だけの荒唐無稽なものではなく、現代医科学的観点からも実体を有する解剖学的構造物であるということを、最近の放射線解剖学の論文などに基づいて解説したものでした。これは主にマクロ解剖学の視点からの三焦でしたが、今回のScientific Reportsの研究はミクロ解剖学の視点から三焦の実体を示しています。

 西暦208年に没したとされる医師・華佗(かだ)の医学を伝えるとされる「中蔵経」(ちゅうぞうきょう)という古い医書があります。この中蔵経の中に以下のような記載があります。“三焦者。人之三元之気也。総領五臓六腑栄衛経絡内外左右上下之気。三焦通即内外左右上下皆通。其於周身灌體。和内調外栄左養右導上宣下莫大於此。”ここにあるように三焦は全身をくまなく灌漑する人体で最大の構造であるという意味です。中蔵経の後にも、多くの医家が千数百年の中国伝統医学の歴史の過程で三焦について考察してきました。もちろん中国伝統医学には最新科学技術を駆使した特殊な顕微鏡などはありませんので、目に見える形でこれが三焦だとは示せなかったのです。今回のScientific Reportsの研究者はプローブ型共焦点レーザー・エンドマイクロスコープ(Probe-based Confocal Laser Endomicroscopy)という装置を用いて生体 (in vivo)、つまり生きたままの人体のミクロの組織構造を描き出すことで、この構造物を突き止めたのです。従来はミクロの組織を観察するには組織の一部を取り出し薬物で固定して切片にするなどしてから光学顕微鏡や電子顕微鏡で観察するということしかない、つまり死んだ組織を観察するしかなかったのです。この固定の段階で間質液は抜け落ちて間質が潰れてしまうので、従来の方法では観察できなかったのです。三焦は生きたままで初めて観察されるものだったということです。 それにしても、1800年前に華佗はどうやって三焦の概念を認識できたのでしょうか。目に見えない物を認識するというのは、極めて高度な知性のなせる能力だと思います。漢方医としての私の想像ですが、ひたすら患者の診療に従事しているうちに、三焦の概念を想定しないと説明できないような臨床的現象に何度も遭遇したのでしょう。三焦を念頭に考えて生薬を組み合わせると治療が上手くいった。別の患者でもやってみたらまた上手く行って、ついに三焦の実在を確信するにいたったのではないかと想像します。昔から卓越した臨床医は目では見えない物を“知性”で観ていたのです。恐るべき臨床的観察力と洞察力だと思います。

 さて、このScientific Reportsの成果はこれだけでは終わらないことでしょう。マクロであれミクロであれ、生命の形態は必ず機能が反映されているからです。伝統医学の三焦は水の通路であると同時に火の通路とされています。ここでいう水とは津液(しんえき)、火とは陽気です。陽気は人体を温煦して一身の生命活動の熱源となるものとされ、その源は命門にあります。命門は両腎の間にあるとされていますから、何れこの命門の部位も解剖学的に確定され、陽気の実在も何らかの生理活性物質として同定される日がやってくるのではないかと想像しています。そう遠くない未来かもしれません。