完成された昔の技術 〜LPレコード〜
2018年2月7日 水曜日
引越をしてオーディオを整備し直して、久しぶりにLPレコードが聴けるようになりました。中学時代に母に買ってもらったTechnics(当時、ファンだった薬師丸ひろ子さんがとても素敵なコマーシャルをしてました)のオーディオセットのうちアンプとカセットデッキは既に壊れてしまって、愛着はありましたがやむなく処分しました。スピーカーは音が出なくなっていますが、捨てるのが可哀想な気がして院内の研究室のスキャナの台座として利用しています。
ではレコードプレーヤーはどうなったのかというと、片側チャンネルから音が出なくなっていたのです。ところが御縁あってTechnicsの会社のご年配の方が私の自宅に来て下さって、40年前の自社の製品(SL-2000)とご対面し「あ〜、懐かしいなあ」と感嘆されていました。「けど、もう片側チャンネルの音が出ないんですよ。処分するのも可哀想な気がしてずっと持ってるんです。」と私。と、その方は鞄から何やら液体の入った小瓶と綿棒を鞄から取り出して、トーンアームからヘッドシェル(針カートリッジを装着する部分)を取り外し、「大体9割方はここの接触不良が原因なんですよね〜」といって液体を浸した綿棒で電気接点部分をコチョコチョと掃除して下さること数分。「繋いでみましょうか」といってアンプに接続し、私が高校時代に買ったモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3&5番のLP(私と同い年のアンネ・ゾフィー・ムターがカラヤンと共演した、若干15才の初録音LP)をかけてもらったら、何と左右両方のスピーカーから見事な演奏が流れ出たのです。嬉しくて涙が出そうでした。それにしても音の揺れなく正確に回転するターンテーブルを眺めていると、40年前に世に出たばかりの世界初ダイレクト・ドライブ方式のプレーヤーを開発した当時のTechnicsの技術者の優秀さと心意気は素晴らしいと思いました。
てっきりもう壊れていると思っていたので去年Technicsの最新機種(SL-1200G)を購入して、既にラックに乗って稼働しているのですが、思わず“蘇生”したSL-2000もちゃんとラックに乗せて最新のレコード針を取り付けてこちらも常時稼働できるようにしてやりたいと考えています。SL-1200Gは現在主流のMC(Moving Coil)方式のカートリッジ、いっぽうSL-2000の方はかつて主流だったMM(Moving Magnet)方式のカートリッジなので、それぞれ音色の違いも楽しめます。
LPレコードを最近のオーディオ装置で再生すると素晴らしい音です。CDプレーヤーで聴くよりも音に生命力の瑞々しさがあります。なぜでしょうか?おそらく音の情報量が圧倒的に多いからです。もう何十年も前から磨かれてきたLPレコードのための録音技術がおそらく1960年代には完成されていて既に優れた記録媒体に成熟していたのでしょう。しかし当時は再生装置(アンプやスピーカー)の方に技術的未成熟があって良い音質では再生できなかった。そこに1980年台になってCDが登場し、LPプレーヤーが占めていた地位を浸食していったのです。まさに私の学生時代がLPからCDへの移行期でした。
しかし貧乏学生だった私には当時1枚3千円以上したCDを買うのはなかなか厳しかったのです。ところがなんと私は大学の協栄会の地下の売店の年末のくじ引きで一等賞を引き当ててしまい(人生のクジ運はこのとき使い果たしてしまったみたいです・・・)、CDコンポを貰ってしまったのです。オーケストラ部の仲間から「こいつ、信じれん!」といって羨ましがられたのですが、肝腎のCDが高くておいそれとは買えなかったのです。それでオーケストラ部の先輩に教えてもらった栃木県立図書館にLPレコードを借りに通い出したのです。宇都宮市の栃木県庁のすぐ近くにある県立図書館には2万枚を超えるレコードが収蔵されていてアルファベット順にインデックスカードがあり曲目・演奏者などがきっちり記載されていて、このカードを選んでカウンターにいる職員さんに持って行くと、“無料”で一度に20枚まで借りられたのです。LPレコード20枚は結構重くて、紙袋が途中で破れて落っことさないかとちょっと冷や冷やしながら、バス代を節約するために図書館から徒歩で片道25分程の道をJR宇都宮駅まで歩いて電車でJR自治医大駅へ、そこからまた20分ほど歩いてやっと寮の自分の部屋まで持ちこんで、上述のSL-2000で再生しながら当時はしっかり稼働していたTechnicsのカセットデッキでカセットテープにダビングし、自分なりの音楽ライブラリーを作って楽しんでいたのです。
学生時代にLPからダビングしたヘンデルのメサイア全曲1984年12月13日の日付。学生時代から年末は“第九”より”メサイア”と思っていたんだろうなあ。
最近、LPレコードのアナログ・サウンドの良さが見直されてきたのは、おそらく再生装置(オーディオシステム)が進歩してきて、古くても完成された技術で録音されたLPレコードの音楽情報がしっかり引き出せるようになって、40〜50年の歳月を経た現代になって当時以上の音質で聴けるようになってきたからではないかと思います。完成された録音技術と、当時未完成の再生技術の時間差。これを埋めるのにそれだけの年月がかかったと言うことでしょう。
ところで、私の住んでいる京都のマンションの近くに中古レコード店があって、ちょくちょく品定めに行くのですが、驚くほど安いのです。最近買ったアシュケナージが弾くベートーヴェンのピアノソナタのLPなどスクラッチノイズ(いわゆる“パチパチ”)もほとんど無い良品なのにたったの100円。コンビニの豚まんより安い。中には海外から輸入された中古LPなど2000円前後のものもありますが、ほとんどは200円〜800円で買えてしまいます。需要と供給の関係からでしょうが、クラシックの中古LPはジャズやポップスよりも安い。カラヤンの中古LP二百円を手にとって、ふと向こう側の壁に目をみやると美空ひばりや沢田研二の中古SP二千円前後で売られていたり、カウンター奥の壁をみやると何やらプレミアの付いたジャズの名盤らしい中古LPが二万円以上で売られていて「1:10:100やんか」と。世の中の物の価格の設定というのは面白いものだなあ、と思うのです。