京都・漢方専門クリニック 

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処方の美学

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2016年10月31日 月曜日

 もう20年近く前になりますが、私は東京都内の大学病院の漢方診療科で非常勤講師をされていた師匠の診療に付いて修行していました。師匠は身分や世間的な名声には無頓着、実に人間味と個性豊かな方でした。初診患者さんの診察を一通り終えると患者さんに診察室の外に出て頂いて、処方箋の用紙を前に目を閉じてじっと考えているのです。時折ウ〜ンと呻吟してからペンを執って、処方箋に漢方生薬とグラム数を書いていきます。そして書き終わった処方箋をじっと眺めて、またウ〜ンとうなって、二重線で打ち消したり書き加えたりします。それでやっと処方を完成させて(時々そこでタバコを一服吸われるのですが・・・今から思えば大学病院の診察室で煙草を吸うなんてTVドラマに出てきそうな不良医者ですよね。でもかっこよかったです。私はタバコは吸わないのですが・・・)、やっと次の患者さんを診ていたのです。(まだ診察室には煙草の臭いが漂っているのに、師匠はそんなこと全然気にしていないみたいで・・・)

 ふとベートーヴェンもこんな風な感じで作曲していたのではと、師匠の姿とベートーヴェンの肖像画が二重写しのようにイメージされたことを思い出します。師匠は処方で使用する生薬を必要最小限まで削り落として、ぎりぎりまでシンプルにしていたのです。もちろんそれは患者さんのお薬代を安くするためではなくて(失礼!)、漢方医学的な病態の中核に的を絞り治療効果を最大限に発揮させるためでした。1800年前の後漢の「傷寒雑病論」という漢方医学のバイフルがあって、代々薬屋を営んでいた私の先祖も所蔵し学んでいたのですが(写真)、この医書に記載された処方も構成生薬が少ないシンプルなものが大部分です。実際に非常によく効くので日常診療でもよく患者さんにお出ししています。

 現代人の病態はしばしば非常に複雑で漢方医学的にも様々な要素が絡み合っています。それに一つ一つ対応しようとすると、否が応にも使用する生薬の数が増えてしまい処方が複雑になります。楽曲で言えばリヒャルト・シュトラウスやマーラーの管弦楽曲みたいです。それはそれで必要なケースも多々ありますが、やはり漢方医として目指したいのは複雑な病態の中核を見定めて、そこに強力に働きかけるベートーヴェンのシンフォニーのような処方です。そのためには、物事の本質を見極める目と感性が要求されるのだと思います。直接目には見えない病態を診て、何が本質で何が派生した現象であるのかを峻別するような美学です。漢方医は漢方医学の修練だけでなくて、一流の芸術に触れ続けることも大切だとより強く感じるようになってきました。