京都・漢方専門クリニック 

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第30話 請慢走 〜「どうぞ、ごゆっくり」〜

2006年10月27日金曜日(高知新聞連載より一部改変)

イラスト 高知新聞社 提供   

中医学30・請慢走.jpg 中国語を勉強していると時々面白い表現を目にします。「走」という漢字は日本語では文字通り「はしる」という意味ですが、現代中国語では「ツォウ」と発音し、「あるく」とか「行く」を意味します。中国語で「走る」は「跑(パオ)」です。

 この走(ツォウ)を使った「請慢走(チンマンツォウ)」はレストランで食事をした帰り際、チャイナドレスの店員さんが出口で客を送り出すときの決まり文句です。これを日本語に直訳すれば「どうぞ(請)、ごゆっくり(慢)行って(走)ください」という意味です。

 日本のレストランや料亭では帰り際に、店員や女将が客に「ありがとうございました」と礼を言うのが習わしで、この風習にずっと慣れている日本人にはこの「どうぞごゆっくり行ってください」という意味の表現は少し奇異に感じてしまうのです。日本のお店なら、客が席に着いたときや料理が運ばれてきたときに「どうぞ、ごゆっくり」と言いますよね。日本人としてはこれが自然じゃないかなと思うのです。

 ひょっとして、だいぶお酒が回っていて足元が危なっかしいと店員さんから思われて、帰り道で転ばないように「ゆっくり歩いてくださいね」という意味だったら情けないなあ…などと想像してしまいます。

 四年前、中国安徽省のレストランに行った時の話。おいしい中華料理を食べてお酒も入ってほろ酔い気分で帰ろうとすると、ドアの向こうの廊下にチャイナドレスを着た容姿端麗の店員さんが三人並んでいます。

 彼女らの前を通りかかった時、マニュアル的営業スマイルで「請慢走」と声をかけられました。ちょっぴり酔っ払っていた私はとっさに思い付き、歩みを十倍にスローダウンし、わざとスローモーションで彼女らの前を歩いてみせました。

 これが大うけ。彼女らの営業スマイルは大爆笑に変わりました。中国でしかも若いお嬢さんに、こんなジョークが受けるとは正直びっくりでした。多分、中国語を母国語としている中国人には思いもつかない、というか意表を突かれたジョークだったのでしょう。

 ずっと以前に、タレントの山田邦子さんがバスガイドのセリフをひねって、「皆さま、左手をご覧ください。真ん中の指が中指でございまーす」と言ってお茶の間を笑わせていたことがありますが、これは日本語の決まり文句に慣れてしまっている日本人の意表を突いたジョークです。

 中国で思い付いたあのジョークも、日本人から母国語の不意を突かれた“プチショック”がうけたのかなと、懐かしく思い出します。