京都・漢方専門クリニック 

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第5話 漢方医への寄り道 ~がん細胞から学ぶ~

2006年5月5日金曜日(高知新聞連載より一部改変)

イラスト 高知新聞社 提供   

中医学5・がん細胞.jpg 漢方医を目指していた私は、ふとしたきっかけで、中医学の修得と平行して大学の研究室で肺癌細胞を使った実験を行うことになりました。肺癌細胞を薬品で破壊して、本来癌抑制遺伝子が発現したときに作られる癌抑制蛋白を検出したり、逆に遺伝子が欠損した癌細胞に外から癌抑制遺伝子を組み込んでみたときに細胞分裂を調節する蛋白質がどのような動きをするのかを調べる実験です。

 この実験に使う蛋白質をたくさん抽出するためには、インキュベーターという温蔵庫に入れたシャーレやフラスコの培養液の中で癌細胞を増やさないといけないわけです。培養した癌細胞を顕微鏡で覗いてみると、苔のようにシャーレの底に張り付くようにして育つもの、クラゲのように培養液の中でフワフワ浮遊して育つもの、癌細胞にも個性があることが分かります。大体は、数日から1週間で癌細胞が増えてきます。

 癌細胞を培養するには「メディウム」と呼んでいるアミノ酸、糖分をはじめ亜鉛やセレンのような微量元素まで含んだ培養液を使います。まあ、人間で言えば至れり尽くせりの点滴みたいなものでしょうか。ところが、これだけでは癌細胞は絶対に育ってきません。このメディウムに子牛の血清を1割ほど加えなければいけないのです。つまり、癌細胞といえども100%人工的な物質では育つことが出来ないということです。子牛の命から得たものが必要なのです。

 さらに、興味深いことがありました。培養している癌細胞はセル・ラインといって同じ遺伝子を持っている金太郎飴のようなもので、メディウムの組成も、インキュベーターの温度も全く同じ条件であるのに、加える子牛血清のロットによって癌細胞の増殖するスピードが全然違うのです。簡単に言えば、子牛のモーちゃんとギューちゃんの血清の違いが癌細胞の増殖のスピードを決めているということです。この血清の中の何が癌細胞の増殖を速くしたり、遅くしたりするのか?もし、それを突き止められたら世紀の大発見でしょう。それは当時の研究グループのテーマではありませんでしたが、子牛に限らず人でも血清に何らかの好ましい変化を起こすことが出来れば癌を消滅させることは出来なくても、西洋医学的な見地から予測されるいわゆる「余命」を超えて、人生の残りの時間を充実して生きる可能性が生まれてくるのではないかと感じたのです。
今から思えば、あの寄道は大きな学びの道でもありました。