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第14話 中医学的音楽観 〜ベートーベンと陰陽〜

2006年7月7日金曜日(高知新聞連載より一部改変)

イラスト 高知新聞社 提供   

中医学14・五線譜.jpg しばらく“効用”の話が続きましたので、一休みして今回は “雑事”。音楽と陰陽のお話をしましょう。

 音楽に関心のない人でもベートーベンという名前ぐらいは聞いたことがあるでしょう。彼は九つの交響曲を作曲しました。大みそかに演奏される「第九」は最後の交響曲です。ジャジャジャ、ジャーンで有名な「運命」は第五交響曲です。

 さて、ベートーベンの奇数番号と偶数番号の交響曲では趣が異なっています。いかにもベートーベンらしい強烈な躍動感を持ったものは奇数、それに対して、かわいくてこぢんまりしたのは偶数の交響曲です。第六の「田園」が代表的です。

 古代中国に由来する陰陽の考え方は数字にも及んでいて、奇数が陽、偶数が陰です。この考え方は昔、日本に伝わってきて身近な風習の中にも息づいています。親せきの結婚披露宴のご祝儀に幾ら包んでいこうかって、皆さん一度や二度は考えたことがあるでしょう?このような吉事のときには三万円とか奇数にする傾向がありますよね(でも、今月はちょっと厳しいから二万円で勘弁してもらおうとか、思ったりするのが現実ですけど…)。日本は古来、陽を尊ぶからです。日の丸は太陽の象徴で純陽です。お隣の韓国の国旗は太陽の代わりに陰陽が交互する太極図があることと対照的ですね。でも、日本では和歌や茶の湯や能楽などの伝統文化の中で、他国以上に陰の美学や陰徳が大切にされてきました。

 太陽が昇ってまた沈む、夏が来てまた冬が来る、といったように陰陽は交代します。ベートーベンは創作人生の中で、躍動的な陽の交響曲とかわいらしい陰の交響曲を、自然と交互に作曲するようになったのでしょう。頭の中で陰陽が切り替わっていったのだと思います。さて、陽の奇数番号交響曲の中でも、陽性度が最も強いのは第七番です。ベートーベン•ファンは「うん、そうだ!」と納得でしょ?しかし、第七交響曲の「不滅のアレグレット」と呼ばれるイ短調の第二楽章には深い寂寥感が漂っています。「陽中之陰」の美です。

 第九話にも掲載した太極図には、互いに追いかける白黒の中に、それぞれ黒と白の点が描かれています。陽の中にも陰があり、陰の中にも陽があるのです。男性の中の優しさとか、女性の中の気丈さといったものも同じです。古今の名曲は陽の中に陰を求めたり、陰の中に陽を求めたりしているのです。

 ところで、ブルックナーという作曲家をご存知ですか?彼の第八交響曲は世界が陰陽に分かれる以前の太極の宇宙の響きです。機会があったら聴いてみてください。