京都・漢方専門クリニック 

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第7話 詫びの世界 ~現代の価値観と対極~

2006年5月19日金曜日(高知新聞連載より一部改変)

イラスト 高知新聞社 提供   

中医学7・侘びの世界.jpg お茶のN先生は、陶芸家で私の親戚Tさんのアドバイザーでもありました。稽古の時に自分で焼いた茶碗を持ってきて、茶人の観点から批評を受けるのです。ある稽古日、Tさんが数個の伊羅保(いらぼ)茶碗を持って来ました。先生がそのうちの一つを手に取り「こりゃ、エエわー。」とニコニコ顔です。よく見ると茶碗の口元近くに小さな不整形の穴があいています。伊羅保茶碗は粘土の中に小さな石粒が入っていて表面が茶色くザラザラしています。たまたま、大きい石粒が粘土に混ざって口元にきていると、陶工の指に当たってそこだけモッコリと盛り上がることがあります。これは「べべら」といって伊羅保茶碗の見所なんだそうですが、私なんぞはそんな美的センスを持ち合わせておらず、「唇の横にできたヘルペスみたいやなあ。」の程度でした。

 ところがこの茶碗、相当大きな石粒が口元近くの茶碗の側面に嵌っていたようで、窯で焼いているうちに石が浮き出して粘土から抜け落ちてしまい、たまたま穴が開いてしまったのです。これがエエ、らしいのです。生産性や均質性が重視されるのが日本の現代産業ですが、茶の世界には別の価値観があるんだなあと感じました。

 ところで、あの茶碗は穴が上の方にあいていたからお茶を点てられたのですが、もしちょっと下の方にあいていたらどうなるでしょうか。「点てるときにお茶が穴から飛び出すから使い物にならないでしょうね」と、今は亡き先生に尋ねたらどうお答えになるだろうかと想像します。「茶碗を傾けて点てて手渡ししてもろたらよろし。高知のおちょこも底に穴あいてますやん。喜ばれるんちゃいますか。それも侘び茶ですわ。ハハハ。」なんて仰るような気がします。

 お茶を通じて学んだことは煎じ詰めれば、一期一会と臨機応変ということだと思います。これを現代医療の現場で継続的に実践していくのは簡単ではありません。とりわけ一期一会は難しい。けれども、医療者に対する患者さんの期待の重要な一面だと思います。東洋西洋の医学の別なく、多くの心ある医師もそれを日々感じているのではないでしょうか。それを、効率性と経済性という評価のもとで、いかに患者さんとの一期一会に近づけるかが今大きな課題になっていると思うのです。