京都・漢方専門クリニック 

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第6話 お茶から学ぶ ~“コンタミ”が激減~

2006年5月12日金曜日(高知新聞連載より一部改変)

イラスト 高知新聞社 提供   

中医学6・コンタミ.jpg 昔漢方の勉強を始めたちょうどその頃、陶芸をやっている親戚のTさんから「明徳、お茶習え。」と言われました。「ハァ?お茶って急須にお茶の葉入れてお湯注いだらええんとちゃうん?」。そもそも、そんな趣味はないと思いましたが、熱心な勧めに抗しきれず、月一回習いに出かけることになりました。お茶の師匠のN先生は八十歳を越えても頭脳明晰でかくしゃくとした方でした。まだ茶道具を持ってない弟子たちのために茶碗や茶筅や柄杓などが入った大きな袋を抱えて、毎月一回大阪から南海電車と高速船を乗り継いで一人徳島まで指導に来て下さいました。稽古日には私が港までお迎えに行きましたが、稽古場に着くまでの車中の話のレベルの高いこと。博識に舌を巻きました。日本や世界の歴史、芸能、果てはマーラーの交響曲は第2番の「復活」が最高とか・・・とても話し好きです。ハイレベルの話についていきながら信号や対向車に注意して事故らないように車を運転するのはヒヤヒヤものでした。

 早速、茶杓や袱紗(ふくさ)を持たされて、自分の手はこれほど思ったように動かないものかと痛感しました。棗(なつめ)はここに置いて、茶碗はここ、茶筅はここ・・・。「アー、なんでこんなに細かいんやろか。」と思いましたが、結局七年間毎月の稽古を続けました。

 この茶の稽古が思わぬところで役に立ちます。当時、大学の研究室のクリーンベンチというエアカーテンで無菌化されたガラス箱の中で、九十六個の小さい穴が並んだ容器の中に肺癌細胞を蒔き、あるホルモンを加えて培養する実験を行なっていました。ところが、肺癌細胞だけでなく私の腕に付着した雑菌も培養液が大好物。培養液に混ざると雑菌の方が増殖し、癌細胞は死んでしまいます。「ウワッ、またコンタミ(contamination=汚染)や。」これではデータが取れません。またやりなおーし。

 原因は、私の腕に付着したわずかな雑菌が、操作中に培養液の中に落下していることでした。ある時、ふと名案が浮かびました。培養液の入ったビーカーを茶釜に、廃液を捨てるビーカーを建水(けんすい)に、癌細胞を培養する九十六穴容器を茶碗に、癌細胞を蒔くための精密ピペットを茶杓に見立てて配置しなおし、なんとなく茶をたてる気持ちで実験をやり直したところ、これが大正解!コンタミは激減しました。つまり、雑菌が付いた私の腕が大事な培養容器の上を行ったり来たりする余分な動きが減少したのです。こまごまと作法が決まっているのは、合理的な理由があるのだなと感じました。日本の伝統文化は本当に奥が深いと思うのです。(第7話に続く)