〜 症状別の漢方治療 〜

胃痛(胃の痛み)

ここでは胃痛(胃の痛み)の漢方治療について西洋医学との違いをふまえて概説します。 
胃痛のイラスト
 胃のあたりの痛みを繰り返す患者さんは、一度は内視鏡や超音波検査を受けられることをお勧めします。慢性胃炎や胃潰瘍をくり返す患者さんではヘリコバクター・ピロリという菌が胃粘膜に住み着いていることが多く、これはピロリ菌が除かれないとなかなか良くなりません。この点は、漢方薬よりも西洋医学のお薬の方が勝っています。また、近年は減少傾向にあるとはいえ胃ガンのチェックは必要ですし、胃の痛みと思っていたら膵臓ガンや慢性膵炎だったというようなこともあり得ます。しかし、ピロリ菌も潰瘍も無いのに胃痛が続く場合には、西洋医学出来には却って治療が難しく、漢方治療をお勧めします。

 最近多いのは心理的ストレスによる胃痛です。患者さんは御自分の胃痛がストレスから来ているなと自覚している場合が多いようです。慢性的なストレスは肝欝気滞という情志の鬱滞からくる気の停滞を生じますが、これが胃の動きを邪魔して胃痛を生じます(肝気犯胃)。このような患者さんの問題は「胃」にあるのではなく、中医学でいう「肝」にあるのです。

 治療は逍遥散や柴胡疏肝散といった疏肝理気の漢方薬で治療し、心理的ストレスと胃の緊張を緩めるようにします。過食や暴飲暴食も胃痛を起こしますが、中医学ではこれを傷食(しょうしょく)と呼びます。このような患者さんの多くは胃熱をともなっていますから食欲が亢進して、また食べる、するとまた傷食して痛む、ということを繰り返すのです。保和丸のような傷食和胃の漢方薬で治療します。普段から冷たいものを飲み過ぎたり、生ものを食べ過ぎたりしている患者さん(過食生冷)は、胃が冷えて胃痛が生じます。これを胃寒証といいます。安中散のような漢方薬で胃を温めて痛みを治します。

胃もたれ

慢性胃炎などによる胃もたれの漢方治療について説明します。
胃もたれのイラスト
 胃の働きは受納(食物を受け入れる)と腐熟(初期消化して粥状にする)ですが、この働きは脾腎の陽気によって支えられています。普段から冷たいものを飲み過ぎたり、生ものを食べ過ぎたりしている患者さんでは、陽気が衰えて胃の動きが悪くなって胃もたれを起こします。

 附子理中湯のような漢方薬で脾腎の陽気を高め、胃を温めて受納と腐熟の機能を回復させます。上述の胃痛の項目でも述べたような傷食によって生じた食積でも胃もたれがおこります。また、水分の摂り過ぎは脾胃に湿気を停滞させて胃もたれをおこします。保和丸で食積を除いたり、平胃散で脾胃の寒湿を除いて治療します。

消化不良

胃腸虚弱や慢性膵炎などによる消化不良の漢方治療について説明します。
 胃もたれのことを消化不良と表現される患者さんもいらっしゃいますので、胃もたれの章を御覧下さい。
 胃は初期消化を担いますが、本格的な消化吸収は小腸が中心になります。中医学では小腸の働きを「泌別清濁」としています。人体に必要な物質(清)と不要な物質(濁)に分別するということです。「清」は気・血・津液に変化して生命活動を支えます。「濁」は大便(糟粕)と小便として排泄されます。小腸の泌別清濁の働きは「脾」によって支えられています。脾気虚や脾陽虚といった状態では、泌別清濁ができなくなって下痢便の中に未消化の食物が混じるようになるのです。この状態を中医学専門用語では便溏(べんとう)と言います。
 脾気虚の消化不良では啓脾湯や香砂六君子湯などで、脾陽虚の便溏では附子理中湯や四神丸などで治療します。

便秘

体質別に慢性便秘の漢方治療について概説します。
便秘のイラスト
 その前に、ここ数ヶ月の間に便秘が起こってきたという方は、必ず便潜血検査や大腸の検査を受けて下さい。必要な場合は消化器専門医に御紹介しています。大腸癌が便秘の原因の場合もありますから、これは絶対に見逃してはいけないのです。

 慢性の便秘は女性に多く見られます。若い女性に多いのは気秘(きひ)というタイプの 便秘で、ストレスや夜更かしで気の流れが悪くなり大腸の蠕動が低下します。肩こりやお腹の張った感じを伴いやすいのも特徴です。治療は厚朴、檳榔子、枳実といった行気薬を中心とした漢方処方で治療します。もう一つ、若い女性に多い便秘は冷秘(れいひ)というタイプで、お腹が冷えることで大腸の蠕動が低下します。当然冷え症の方が多いので、お腹を温めてお通じをつけます。済川煎や大建中湯などを使用します。
 御高齢の方に多いのは虚秘(きょひ)というタイプです。虚秘には気虚と血虚(または陰虚)という二つのタイプがあり、気・血・津液のうち何が主として虚しているのかによって、用いる漢方薬や生薬が異なります。気虚の虚秘では大便を押し動かす推動力が低下しますから、黄耆湯のような補気を主体にした処方を用います。血虚や陰虚の便秘では腸に潤いが無くなり便が固くなって動かなくなります。中医学ではこの状態を無水舟停といいます。川の水が無ければ、舟が停止する、という例えです。潤腸湯や増液承気湯のような腸に潤いを与えて排便を促す漢方処方で治療します。大腸に邪熱が欝滞して大便と結びつくと熱秘(ねつひ)というタイプの便秘を起こします。麻子仁丸のような大腸の熱と便を瀉下する漢方薬で治療します。

胸やけ

胸やけの病態と漢方治療について概説します。
胸やけのイラスト 胃の部位名称
 まず西洋医学的な病態についてお話しします。胸やけの多くは胃の内容物が食道に逆流することによって起こります。食道と胃の移行部は噴門(ふんもん)といわれ、食物が食道を下ってくると噴門がスッと緩んで胃に流れ込みます。正常であれば、その後噴門がキュッと締まりますから、いったん胃に入った食物は食道に逆流することはないのです。ところが、この噴門の締まりの悪い人や、胃の動きの悪い人、過食や内臓脂肪がたっぷりついて腹腔内部の圧力が高まっている人、さらには食道裂孔ヘルニアのある人では、この逆流現象が起こってしまうのです。胃液は塩酸を含んでいて強酸性環境なのですが、食道粘膜はこの強酸性に耐えられられず、粘膜の炎症を起こしてしまうわけです(逆流性食道炎)。
 西洋医学の主な治療方法はこの胃酸をお薬で弱めることです。H2ブロッカーやプロトンポンプ阻害剤などです。これらの薬を飲んでいる間は胃酸が弱まるので、逆流は続いていても胸焼けは起こらないのです。しかし、薬をやめるとすぐ再発するということがしばしば見られます。また、服用して胸焼けが治まっても、胃酸があることでよく働く胃の消化機能自体が低下してしまい、逆に胃もたれやみぞおちの不快感を訴える患者さんもいらっしゃいます。そのような患者さんには漢方薬がよいと思います。
 中医学に辛開苦降(しんかいくこう)という治療方法があります。辛開とは辛味のある生薬(乾姜、半夏など)で胃の出口を開いてあげることを意味します。苦降とは苦みのある生薬(黄連、センブリなど)で逆流しようとする内容物を舌に降ろしてあげることを意味します。つまり下流のダムを放流して、上流の氾濫を流すというやり方です。代表的な漢方処方は黄連湯や半夏瀉心湯です。

口臭

体質別に口臭の漢方治療について概説します。
 口臭の原因は様々です。歯周病のような口腔内の病でも起こりますが、これは原因が分かりやすいので、歯医者さんで治療してもらえます。また、実は口ではなく呼気が臭い場合も多く、例えば蓄膿症や慢性気管支炎、慢性の肝臓病などでは呼気の臭いがきつい場合があります。原疾患の治療が重要であることは言うまでもありません。
 俗に口臭がするのは胃が悪いと言われますが、西洋医学的には普通は胃の入り口の噴門(ふんもん)はキュッと締まっているので胃内の臭いが口に出ることはゲップをしない限りありません。ところが、漢方的には「胃が悪い」は正しいのです。正確に言うと、「胃が悪い」患者さんもいるということです。どういう場合に胃が悪くて口臭が起こるのでしょうか。一つは胃の湿熱証の方です。普段からアルコール、脂っこいもの、味の濃いものを過食している人に多く見られます。
 もうひとつは胃の食積の方です。多くは暴飲暴食、深夜の過食の習慣がある人です。食積とは消化しきれずに長時間胃腸に停滞している食物残渣のことを指します。これらの患者さんには蒼朮、藿香(かっこう)、縮砂のような芳香性の高い生薬で口臭の原因となる胃中の濁を除きながら、他の生薬を適切に配して湿熱や食積を改善するようにします。また、口臭に便秘を伴っている患者さんが少なくなく、この場合は大腸の欝滞にも漢方的に対応する必要があります。

痔(イボ痔・切れ痔)

痔の漢方医学的な病型とその治療について概説します。
痔のイラスト
 肛門粘膜からイボ状に盛り上がるものをイボ痔といいます。肛門の奥にあって外から見えないものを内痔核、肛門から外に飛び出しているのを外痔核といいます。二足歩行の人間は重力のせいで血液が体の下の方に欝滞しがちですから、四つ足動物にはないイボ痔に悩まされるのです。

 血液の欝滞は漢方医学的には瘀血(おけつ)ですから、痔の治療には桃仁、紅花、牡丹皮、紫根、大黄といったような活血作用のある生薬をよく使用します。しかし、瘀血に湿熱を伴っている場合も多く竜胆潟肝湯など下半身の湿熱を除く漢方処方を加減して用いることもあります。また、もともと胃腸虚弱で低血圧傾向のある人は、気が昇らず下に落ち込んでしまいがちな体質があります。これを中医学では気陥証といいます。気が落ち込むと痔や脱肛、胃下垂、子宮脱といった臓器下垂症状が起こりやすくなります。その場合には、補中益気湯、乙字湯、挙元煎といったような処方を加減して治療します。
 盛り上がりは無いけれども、肛門に亀裂が生じたものを切れ痔(医学用語では裂肛)と言います。切れ痔の原因の多くは、大便が固いことです。固い便が肛門から出るときに粘膜を傷つけるのです。ですから、先ず固い便を改善する必要があります。大腸を潤して便を軟らかくする潤腸作用の生薬(麻子仁、杏仁、桃仁、芒硝など)を中心に処方します。また、豆類、海草類、キノコ類といった食物繊維の多い食品を普段から積極的に食べることも大事です。黒ゴマ(すりゴマにすること)、蜂蜜、桃などは薬膳的に潤腸作用(腸を潤す作用)がありますから、これらも適宜摂取したらいいでしょう。(ただし、糖尿病の人は果物や蜂蜜の過剰摂取は避けて下さい。)
 実は痔のよく効く漢方薬の塗り薬があります。紫雲膏(しうんこう)といって健康保険も適応されます。イボ痔でも切れ痔でも痛みや炎症によく効きます。ただし、飛び出している痔核そのものを無くしてしまうような効果はありません。それでも、痛みや腫れが随分解消されますから、日常生活を楽に過ごせます。漢方専門医の処方に基づいて内服の漢方薬(エキス剤や煎じ薬)と併用すると更に効果的です。

かすみ目(霞目)

白内障などの症状の一つであるかすみ目の漢方医学的な病態と治療について概説します。
かすみ目のイラスト
その 前に、若い人のかすみ目、特に進行性のかすみ目は眼科的に重大な病気が隠れていることがありますので、先ず眼科専門医を受診して下さい。眼科的に特に異常がなくても眼精疲労や加齢によってかすみ目を自覚することがあります。
 中医学の臓象学説では「肝は目に開竅(かいきょう)する」と言います。五臓(肝心脾肺腎)のうち肝の働きが目に現れるという意味です。特に肝血虚という状態では、目の滋養が足りなくなりかすみ目、眼精疲労、眼の奥の痛みといった症状を起こします。肝血虚は深夜の目の酷使(深夜のテレビやパソコン)や頭脳労働(深夜の勉強、読書)が原因となることが多いのです。早寝早起きの習慣は肝血虚の養生の基本です。漢方治療では杞菊地黄丸や駐景丸といった肝血を補填する処方を中心します。霧がかかったようにかすむ症状を翳障(えいしょう)といい、蝉退など退翳作用を有する生薬を配伍します。肝腎の不足が背景にあるので即効性は期待できません。長期服用して徐々に改善するか、あるいは進行を防ぐことを目指します。

目の痒み

花粉症などによる目の痒みの漢方治療について概説します。
目の痒みのイラスト
目の結膜(白目の部分)の痒みは花粉症やハウスダストによるアレルギー性結膜炎が代表的です。酷くなると充血して目が赤くなることがあります。眼科的にはアレルギーを抑える点眼薬が処方されることが多いと思います。
 中医学の観点からすると、目の痒みは風熱上犯の証が多く見られます。風熱とは風邪(ふうじゃ)と熱邪(ねつじゃ)という二つの陽性邪気が結びついた複合邪気であり、体上部(頭面部)を犯しやすいため花粉症は目と鼻に症状が集中するのです。風熱邪気は春先に日が長くなって気温が上がり始める立春の頃から、人体に影響し始めます。ちょうどスギ花粉が飛散し始める時期に一致します。中医学的にはスギ花粉やヒノキ花粉は風熱そのものなのです。
 治療は去風清熱止痒です。風邪を去って、熱邪を清し(冷ますの意味)痒みを鎮めます。決明子、薄荷、蝉退、夏枯草といった生薬を中心に、その人の証に応じて処方します。夜更かしをしたり、コーヒーを飲んでいると気の上昇傾向が強まりますから、症状が強くなってしまいます。早寝を心がけ、気を下降させ清熱させる作用のある緑茶(煎茶や抹茶)に変えると、症状緩和の一助となります。

青あざ(紫斑)

青あざや皮下出血の漢方医学的な病態と治療について概説します。
青あざのことを紫斑(しはん)といいます。細い血管から皮膚の中に血液が漏れだすとこのような色になります。強く体を打ち付けたら誰でも紫斑はできますが、血小板が減る病気(特発性血小板減少性紫斑病、白血病など)やアレルギーによる血管障害(アレルギー性紫斑病など)では外傷がなくても紫斑ができます。
 中医学の観点からは幾つかの病態が考えられます。一つは脾不統血という病態で、五臓(肝心脾肺腎)のうち脾の統血(脈中に血を固摂すること)作用が低下するために紫斑が生じます。治法は益気統血で帰脾湯などの漢方薬を中心として艾葉や阿膠などの生薬で止血効果を高めます。また、迫血妄行という病態もあります。これは血熱(血分に邪熱が及んだ状態)によって細血脈中の血流が過度に速くなって漏れ出すものです。治法は涼血止血で犀角地黄湯などの漢方薬で治療します。犀角(サイの角)はワシントン条約で現在入手できませんから、他の生薬で代用します。
 出血症状の改善だけでなく血小板数も増えてくる患者さんもいらっしゃいますので、漢方治療は治療の選択肢の一つになります。

咳(せき)

慢性気管支炎や喘息などのしつこい咳の漢方医学的な病態と治療について概説します。
咳のイラスト
 咳は気管支に分布する神経が炎症や痰や腫瘍に刺激されて反射的に起こるものです。本来はこれらの異物を痰と一緒に吐き出して気道を清浄にしようという生体の反応です。しかし、咳が続くと言うことはなんらかの病気の原因が肺、或いは他の部分にあるということを示しています。
 西洋医学の観点から、咳が一ヶ月以上続くときには、特殊な細菌感染(百日咳、マイコプラズマ、肺結核など)や肺癌のチェックが必要です。百日咳とマイコプラズマは適切な抗生物質を正しく服用すれば治りますから、それでもまだ咳が続くときには胸部レントゲン写真検査が必要になります。
 中医学の観点からも、咳は実に様々な病態で起こってきますので一概には言えません。しつこい痰を伴っている場合は、気管支や副鼻腔に慢性の炎症が続いている場合が多く、痰を除き肺気を鎮める漢方薬、例えば貝母栝楼散、清肺湯、辛夷清肺湯などで治療します。痰を伴わず常に咽が乾いて咳き込む場合は、肺陰虚という肺が潤いを失った状態で、陳旧性肺結核、間質性肺炎、肺気腫などの病気の患者さんによくみられます。治法は滋陰潤肺で麦門冬湯、百合固金湯、滋陰降火湯、滋陰至宝湯などの漢方薬で治療します。
 咳の病態は多彩ですが、漢方治療は咳喘息や長引く咳に大変有効な場合が多いですので、漢方専門医に御相談下さい。

痰(たん)

痰(喀痰)の役割と漢方医学的な病態・治療について概説します。
痰のイラスト
 痰は気管支粘膜から分泌される粘い液体で、気道に入ってきたホコリや細菌をくるんで、繊毛運動の働きで咽まで運んでいってペッと吐き出すのです。痰が掃除のモップのようにちゃんと働いてくれていると、私たちの気道は清浄に保たれるのです。この痰の量が多くなったり、粘りけが強くなると、咳や咽の不快感が表れてきます。

 慢性気管支炎や気管支拡張症、あるいは蓄膿症を背景とした副鼻腔気管支症候群では気管支に慢性的な炎症が起こっているので、常に痰が出続けます。1日に何百ccもの痰が出る患者さんもいらっしゃいます。逆に痰の量は少ないのに、いつも咽に引っかかって切れにくいという方もおいでます。
 漢方医学的には痰にもいろいろな種類があります。寒痰(かんたん)は透明でサラサラした痰です。このような粘稠度の低い透明な痰は正確には寒飲(かんいん)といいます。多くは肺や脾が冷えることによって水湿が停滞するためです。小青竜湯や苓甘姜味辛夏仁湯といった漢方薬で治療します。熱痰(ねつたん)は黄色くてドロドロした痰です。肺に湿熱や痰熱が欝滞して生じます。清肺湯のような漢方薬で治療します。燥痰(そうたん)は粘りけが強く咽に絡んでなかなか出てこない痰です。肺の津液(しんえき)不足を背景としていますから、潤肺化痰という方法を用います。貝母栝楼散のような漢方薬を中心に治療します。
 中医学には「脾は生痰の源、肺は貯痰の器」という言葉があります。五臓のうち脾は主に飲食物の消化吸収を司る臓腑なのですが、なんらかの要因で脾の機能が低下している人は、飲食物が充分処理しきれずに、湿が欝滞しそれが痰や飲に変化していきます。生じた痰飲は脾ではなく肺に貯留して痰や咳を起こすのです。ですから、痰の漢方治療に関しては肺だけでなく脾の病態にも配慮して漢方生薬を上手く配伍していかないといけないのです。

息切れ(呼吸困難)

息切れの病態と漢方医学的な解釈と治療について概説します。
息切れのイラスト
 血液中の酸素濃度が減少すると人は息切れを自覚します。高山に登ると空気が薄くなって血中酸素濃度が低下して息切れしますが、平地にいても肺や心臓に問題があったり、貧血があると空気中の酸素をちゃんと体に取り込めないので息切れします。

 肺気腫、間質性肺炎、心不全といった病気の方では実際に血中酸素濃度が明らかに低下して息切れを自覚する人もいらっしゃいますが、安静にしていると無症状だけれども歩いたり階段を上ったりすると筋肉が多量に酸素を消費するために血中酸素濃度が不足して息切れを感じる方が多いと思います。患者さんによっては在宅酸素療法が必要な方もいらっしゃいます。しかし、血中酸素濃度が正常数値を示しているのに、息切れを感じる患者さんも少なくありません。
 息切れや呼吸困難のことを漢方では「喘証」といいます。喘とは「あえぐ」と読んで、英語ではdyspneaを指します。喘証にも様々ありますが、大きく分けて実喘と虚喘の二つのタイプがあります。
 実喘とは風寒、風熱、痰飲などの邪気の実在によるもので、去邪を主体にした漢方薬で治療します。風寒には麻黄湯や射干麻黄湯、風熱には麻杏甘石湯や五虎湯、痰飲には木防已湯などの処方が用いられます。
 虚喘は臓腑の気が低下して生じる虚弱性の息切れです。肺気が虚している場合には補肺湯、腎気が虚して気を丹田に納めることができず息切れする場合には都気丸のような処方を中心として治療します。実際の臨床では実喘と虚喘が混在している患者さんが多く、個々の患者さんの証によって生薬を加減して治療を行います。

耳鳴(耳なり)

耳鳴りの漢方医学的病態と治療について概説します。
耳鳴のイラスト
 耳鳴りでお困りの患者さんは多く、既に耳鼻科や脳外科で検査を受けておられる方が多くいらっしゃいます。中にはメニエル病や脳の血管異常などの原因がはっきりしている患者さんもいらっしゃいますが、原因のはっきりしない方が多くいらっしゃいます。原因がはっきりしない耳鳴りももちろんですが、原因が分かっていても西洋医学的に有効な治療方法がない場合もあります。漢方治療はそのような患者さんにお勧めしたいと思います。

 耳鳴りといっても患者さんによって症状は様々です。まず、聞こえる音に違いがあります。高音でピーというような音、蝉が鳴いているようにジーっという音、ボイラーの音のようにゴーっという低音、ドッドッという拍動性の音など、患者さんによって聞こえ方が違います。また、常時鳴っている人もいれば、夜就床してから聞こえる人、疲労時のみ聞こえる人など、耳鳴りがする状況も人様々なのです。聴力低下や耳の穴が塞がっているといった症状を伴っている患者さんもいらっしゃいます。
 中医学の観点からすると、一般に高音の耳鳴りは虚証が主体、低音の耳鳴りは実証の患者さんに多い傾向があります。虚証の耳鳴りで多いのが、陰虚陽亢や血虚生風という証の患者さんです。臓腑でいうと肝や腎の陰血不足があり、それによって虚火や内風といった内生邪気が生じて耳鳴りが起こるのです。鎮肝熄風湯、天麻鈎藤飲、七物降下湯といった漢方薬を中心に治療します。実証の耳鳴りは、割と激しい音がして、精神的緊張や時間帯によってより強くなる傾向があります。実証の耳鳴りで多いのが、痰熱上擾や肝火上炎という証の患者さんです。黄連温胆湯、滌痰湯、竜胆潟肝湯といった漢方薬を中心に治療します。

目まい(めまい、眩暈)

目まいの症状と救急医療から見た注意点、目まいの漢方医学的な病態と治療について概説します。
目まいのイラスト
 上述の耳鳴りにもいろいろな鳴り方があるように、目まい(めまい、眩暈)も人によって様々です。一つは目の前が暗くなって一瞬意識が遠のいていく感覚です。眩(げん)という字は目の前が暗くなること、暈(うん)という字は意識がぼんやりしてしまうことを指していています。二つめは「天井が回る」ような回転性の目まいがあります。これは非常に激しくて嘔吐と伴うこともしばしばです。三つめはフワフワ感、あるいは体が自然と傾いてくような感覚になる目まいです。

 注意しておいて頂きたいことは、突然起こった激しい目まいでは重大な救急疾患の場合があるということです。例えば、一つ目の意識が遠のくタイプの目まいですが、徐脈性の不整脈(洞不全症候群や房室ブロックなど)や一過性脳虚血発作などで起こります。いずれも心臓や脳に重大な病気があることの危険信号ですから、速やかに救急医療機関を受診しなければいけません。また、二つめの激しい回転性目まいは、例えば小脳出血や梗塞の可能性がありあっという間に危険な状態に陥ることがあるのです。突然の目まいには、漢方薬ではなく西洋医学的な救急医療が優先されるのです。
 漢方医を受診する目まい患者さんは慢性的に目まいをくり返してなかなか治らない方です。メニエル病や良性発作性頭位眩暈症(BPPV)といったように既に耳鼻科などで診断が付いている方も少なくありませんが、多くは西洋医学的に原因不明の患者さんです。西洋医学は原因が突き止められないと治療方法が無いことが弱点です。そのような場合には漢方治療が本領発揮です。
 漢方医学的な目まいの病態も様々です。風痰上擾という証の患者さんは潜在的に脾の機能低下があり、痰飲が生じて頭に昇り目まいを起こします。舌に膩苔(じたい)というベットリした苔が付着していたり、滑脈という特徴的な脈が現れることが特徴です。半夏白朮天麻湯を中心とした漢方薬で治療します。脾や腎が冷えて寒飲(冷えた水気の停滞)が生じて目まいを起こす場合は、苓桂朮甘湯や真武湯などで治療します。このタイプの患者さんは平素から水分の過剰摂取をしている方が少なくありません。血虚や陰虚によって内風が生じて目まいを起こす患者さんには、七物降下湯や鎮肝熄風湯といった漢方薬を中心に治療します。

鼻水(鼻漏)

鼻水(鼻漏)の病態における肺と脾の関係、鼻水の漢方治療について概説します。
鼻水のイラスト
 中医学の蔵象学説は、身体各部の器官(外)と臓腑(内)の関連性について論じていますが、その中で「鼻」という感覚器官は「肺」という臓腑と関連しています。これを「肺は鼻に開竅(かいきょう)する。」と言います。また、「脾は生痰の源、肺は貯痰の器」という言葉があります。(先に“痰”の項目でも出てきました。)

 五臓のうち脾は主に飲食物の消化吸収を司る臓腑なのですが、なんらかの要因で脾の機能が低下している人は、飲食物が充分処理しきれずに、湿が欝滞しそれが痰や飲に変化していきます。生じた痰飲は脾ではなく肺に貯留し結果として鼻漏という症状が現れるのです。ですから、鼻の病気は中医学的には「肺」の病証として治療することが多いのです。
 鼻水のことを鼻漏(びろう)と言います。中医学ではサラサラした水っぽい鼻漏のことを鼻鼽(びきゅう)、ドロドロして色のついた鼻漏は鼻淵(びえん)と呼びます。鼻鼽も鼻淵ももともとは肺に貯留した湿気から生じてできたものです。鼻鼽、すなわちっぽい鼻水は、寒飲といって冷えた水分の停滞で、鼻カゼや春先の花粉症の症状としてよく見られます。肺や脾を温めながら寒飲を除く小青竜湯や苓甘姜味辛夏仁湯といった漢方薬を中心にして治療します。鼻淵、すなわちドロドロした鼻汁は、肺熱や胃熱と痰濁が併存している場合が多く、肺胃の熱を冷ましながら痰濁を除く漢方薬で治療します。代表的な処方は葦茎湯です。

鼻づまり(鼻閉)

鼻と関係の深い肺の働きと、鼻づまり(鼻閉)の漢方治療について概説します。

鼻づまりのイラスト
 先の鼻水の項目でお話ししたように、中医学的には鼻は肺と関係が深い器官です。ですから、鼻づまりも肺の病証として治療することが多いのです。肺は気の動き(気機といいます)に対して、宣発と粛降という2つの相反する動きをします。
 宣発とは気や津液(生理的水分)を体全体に布散する働きで、噴水が水を吹き上げるように、気を体の上外の方向に動かします。一方、粛降は気や津液を体の下の方に降ろす働きです。不要な水も肺の粛降の働きによって、膀胱まで下ろされ尿の形として排泄されます。つまり肺は単独で気の昇降をコントロールするのです。これを中医学では「肺は一身の気をつかさどる」と言います。中国の太極拳や気功だけでなく、日本のすべての武道でも呼吸を整えることを強調しますが、一身の気の動きを整えている訳です。
 鼻づまりはこの肺の宣発粛降が何らかの原因で失調した場合に生じます。たとえば寝冷えをしたら朝鼻がつまっていますが、これは寝ている間に寒邪が皮毛(体表)から肺に入って一過性に宣発粛降を邪魔したために生じるものです。この程度ならショウガ湯など肺を温めるものを飲むとすぐ治りますし、葛根湯加川芎辛夷といった漢方薬で治療することもできます。慢性のしつこい鼻づまりはこのような外邪(体の外から侵入する邪気の総称)ではなく、痰飲や肺熱などのような体の中に原因があることが多いのです。例えば肺熱が原因であれば辛夷清肺湯で、肺の熱を冷まして宣発粛降を回復させ結果的に鼻づまりを改善させるのです。

夜泣き(よなき)

夜泣きの漢方医学的な病態、漢方薬と簡単な小児針治療について概説します。
夜泣きのイラスト
 赤ちゃんの夜泣きで悩んでいるお母さんは少なくないと思います。赤ちゃんの夜泣きにもいくつかの漢方医学的なタイプがあります。一つは赤ちゃんのストレスです。言葉で表現できない赤ちゃんはストレスの表現として夜泣きを起こすことがあるのです。

 まずは、十分なスキンシップができているか、授乳やミルクは過剰あるいは不足になっていないか、オムツはこまめに交換しているかなどをチェックしてみてください。
 体質的にストレスがかかりやすいお子さんでは、漢方医学的には肝気鬱結という気の流れの鬱滞状態になりやすいので、気の流れを回復してストレスを緩和する抑肝散や抑肝散加陳皮半夏といった漢方薬で治療します。二つめは心肝脾といった臓腑が虚弱なために睡眠中に魂(こん)が不安定になるタイプです。甘麦大棗湯で治療します。臓腑のうち心(しん)が高ぶり過ぎても夜泣きがおこりますが、これには心を安定させ精神を安んじる効果がある樋屋奇応丸(市販薬)が大変効果的です。どの処方が良いかは主として赤ちゃんの表情や顔色で決めます。これは漢方の望診(漢方医が目で見て診察すること)による方法です。
 漢方薬を吐き出して飲めない赤ちゃんには、小児鍼という針治療があります。赤ちゃんに針治療をするの?と驚かれるかもしれませんが、別に針を刺すわけではありません。小児針はヘラやローラーのような金属製の専用の器具で、赤ちゃんの体をなでたりさすったりするのです。大人と違って子供は気の流れが素早いためこのような微弱な刺激でも反応するのです。特にツボを気にする必要は無く、四肢や胴体を経絡(気の流れのルート)に沿って、コーヒースプーンの匙の部分で優しく摩ります。(コーヒースプーン小児針で十分です。)これだけでも、気の流れが改善しますので、気の流れが悪いタイプの夜泣きには効果がみられることがあります。

おねしょ(夜尿症)

小児のおねしょの漢方医学的な病態と治療について概説します。
 子供のおねしょは多くの場合自然と起こらなくなっていくのですが、小学生になっても続いていると心理的負担になってしまいます。今夜もまたおねしょするのではないかという不安がストレスになって、かえって治りを悪くすることもあります。また、兄弟姉妹の方に親の関心が向きすぎていないか、なにか自分に関心を向けて欲しいようにごねたり、いたずらをしたりしていないか、思い返してみることも必要です。おねしょには、夕方以降の水分摂取を控えることも有効で、子供さんに自信をつけてあげることも大事です。また、腹が冷えるとおねしょしやすくなるので、腹巻きをつけて寝ることも良いでしょう。
 中医学の観点から、おねしょの子供さんを診ていると、大きく二つのタイプがあるようです。一つは子供なりの心理的ストレスで先の夜泣きの項目でお話しした肝気鬱結です。抑肝散を中心とする漢方薬で治療します。
 もう一つのタイプは体格の華奢(きゃしゃ)な子供さんに多いのですが、消化器系の虚弱体質です。他で解説しましたが、中医学において消化器系は「脾」が司っています、脾の気は上に昇る性質があり、体をシャキッとしたり臓器が下垂しないように保持したりする働きがあり、尿が下に漏れないように升提(しょうてい)しているのです。脾気が衰えると脾気虚、更には中気下陥という病態になって、子供さんによってはおねしょという形で症状が現れます。補中益気湯を中心とする漢方薬で治療します。多くの場合、数日服用すれば効果が現れます。高齢者の尿もれのように腎虚を背景とするケースは稀です。病態が全く異なるのです。

立ちくらみ(起立性調節障害)

主に小児の立ちくらみを起こす起立性調節障害の漢方医学的な病態と治療について概説します。
立ちくらみのイラスト
 一般に、立ちくらみは「貧血」とか「脳貧血」と呼ばれることがありますが、正式には起立性調節障害といいます。起立姿勢によって脳に供給される血液が一時的に低下して、クラクラしたり目の前が一瞬暗くなることを指しています。学校の朝礼の時などに、倒れる子供さんの多くがこれで、多くは自律神経がうまく機能せず血液が体の下に留まり、頭への血液の供給が減少することが原因です。
 このようなお子さんは朝が弱い傾向があります。ふとんからなかなか起き上がれない、朝食を食べたくない、などです。疲れやすくてゴロゴロするなどといった症状も見られることがあります。
 中医学の観点からは、このような子どもさんは気の昇発ができないのです。先のおねしょの項目で述べたように、脾気虚や中気下陥という体質になっていますから、起立時に血液も頭に昇らせる力が不足しているのです。治療は昇陽挙陥といって気を補いながら持ち上げる方法をとります。補中益気湯や昇陥湯といった漢方薬を中心に治療します。
 なお、成人や高齢者の立ちくらみでは、糖尿病、パーキンソン病、シャイ・ドレーガー症候群(Shy-Drager症候群)などといった自律神経障害を起こしやすい基礎疾患が隠れていることがあります。このような方にも漢方治療は有効ですが、基礎疾患のチェックは必要です。また、高血圧や心臓病のお薬や抗うつ薬の副作用でも立ちくらみが起こることがありますから、医師や薬剤師に御相談下さい。

痺れ(しびれ)

痺れ(しびれ)の原因と漢方治療について概説します。
痺れのイラスト
 痺れは様々な原因で起こってきます。頸椎や腰椎など脊椎の整形外科的な異常で起こってくる場合や、末梢神経の炎症によって起こることもあります。糖尿病を長年わずらっている方にも起こってきます。時に悪性腫瘍が神経を圧迫していたり、ある種の抗がん剤の副作用でも痺れが起こってくることもあります。一度は西洋医学的なチェックを受けておく必要があります。
 漢方治療が適応となるのは、西洋医学的に原因の分からないような痺れや、原因が分かっていても有効な治療方法がない痺れの場合です。痺れの治療は痛みの治療よりも時間のかかるケースが多いのですが、根気よく治療を続ければ徐々に改善していく患者さんは少なくありません。中医学的には痰飲や瘀血、多くの場合はその両方が一緒になって(痰瘀互結)、経絡を阻滞し痺れを生じます。健康保険が適応になる生薬としては、瘀血を除くために桃仁、紅花、当帰などを、痰飲を除くために天南星、半夏、茯苓などの生薬を、経絡を疏通させる(通絡)目的で細辛、威霊仙といった生薬を中心に、患者さんの体質に応じて配伍します。

麻痺(片麻痺)

ここでは主に脳卒中の後遺症による麻痺の漢方医学的な病態と治療について概説します。

麻痺のイラスト

 麻痺には運動麻痺と知覚麻痺があります。手足などの筋肉が動かなくなるのを運動麻痺、感覚が鈍くなるのを知覚麻痺と良い、しばしば両方一緒に起こります。脳卒中では左の脳に障害が起きれば右半身に、右の脳に障害が起これば左半身に麻痺症状が現れます。
 いずれも片側に麻痺が現れるので片麻痺といいます。脳出血であれ脳梗塞であれ、発症時には現代医学的な救急処置が必要です。脳出血は早く止血して脳の圧迫を防がないと命の危険にさらされますし、脳梗塞では速やかに血栓溶解療法を行えば後遺症を防ぐことにもなるからです。
 漢方治療の適応になるのは急性期を脱した脳卒中後遺症の患者さんです。リハビリの継続と合わせての漢方治療、場合によっては針灸治療をお勧めしています。脳卒中後遺症の患者さんの脈を診てみると、左右で明らかな違いがあります。麻痺側に濇脈(しょくみゃく)という、起伏が乏しく硬い感じの脈が深い部位に触れることが多いのです。これは中医学的には血脈の阻滞を表しています。西洋医学的には血管の障害は麻痺側と反対側の脳に起こっているのですが、脈診の変化は麻痺側に優位に出現するのです。治療は活血通絡を基本としますが、多くの場合体質的な虚弱を併せ持っている患者さんが多く、補気、補血を併用しながら活血通絡して麻痺を治療します。補陽還五湯などの漢方薬を中心に、患者さんの証に合わせて処方します。完全麻痺は経絡の疏通が完全に途絶えているため回復には時間がかかりますが、リハビリも行いながら根気よく治療を続けていけば症状の改善は期待できます。

倦怠感(疲労感)

慢性的な倦怠感(疲労感)の漢方医学的な病態と治療について概説します。

疲労感のイラスト1
 だるい、疲れやすいといった症状は誰しも経験 画像を選択するものですが、慢性的な疲労感を感じている方は少なくありません。西洋医学的には様々な病気で倦怠感を自覚します。貧血、甲状腺疾患、肝臓や腎臓の病気、膠原病、時には悪性腫瘍が原因のことがありますから、医師の診察を受けて一般的な血液検査や尿検査でチェックを受ける必要があります。
しかし、実際には検査値は異常が無い方が多数です。食生活や夜更かし、ストレスといった現代の生活環境の影響が原因している場合が多いようです。逆に西洋医学はこのような現代人ならではの倦怠感や疲労感の治療には、なかなか有効な手がありません。
 
疲労感のイラスト2
中医学的には気虚(ききょ)と言われる気の不足状態では倦怠感を自覚します。気虚には他に食欲不振という代表的な症状があります。これは消化器系統を中心とする脾胃の気虚ですが、実は現代人の気虚は脾胃よりも肝腎に問題が多く、肝気虚や腎気虚が主体なのです。なぜなら、ほとんどの患者さんが食欲は正常(むしろ亢進気味)だからです。
 肝気虚では覇気(はき)が無くなるのが特徴で、要するにやる気が起こらないのです。また、食欲はあるのだけれども(むしろ亢進して甘いものを食べたがる)とにかく身体がだるく、朝の起床が辛いということも肝気虚の特徴です。腎気虚では持続力が無くなります。持続力といってもマラソンのようなものではなく、勉強や仕事など精神の集中力が持続しなくなるということです。ずっと座ったり立ったりしていると腰がだるくなるというのも腎気虚の症状です。肝気虚には黄耆、桂枝、細辛などを、腎気虚には熟地黄、山茱萸、杜仲といった生薬を中心に処方します。また、慢性的なストレスからくる肝気鬱結や、夜更かし習慣や目の酷使(長時間のパソコン作業など)からくる肝血虚などでも疲労感を自覚します。そのようなときには肝血を補う当帰や熟地黄などを配伍して治療効果を高めます。

不明熱(微熱)

ここでは原因のはっきりしない発熱(不明熱)の漢方医学的な病態と治療について解説します。

不明熱のイラスト
 カゼなどのウイルスや細菌の急性感染による発熱は日常よく経験されます。しかし、膠原病の勢いが強くなっている時や癌や白血病、悪性リンパ腫といった悪性腫瘍でも発熱することがありますから、発熱が続く場合はまず西洋医学的なチェックを受ける必要があります。ところが中には、西洋医学的に十分な精査を受けても発熱の原因が分からなかったという患者さんもいらっしゃいます。
 中医学では発熱を外感発熱と内傷発熱に大きく分けます。外感発熱は風邪や寒邪など風寒暑湿燥火の六淫(りくいん)の邪気が、季節や患者さんの体調によって外から入ってきて発熱をはじめとする様々な症状を起こすもので、多くは急性発熱です。いつまでも発熱を繰り返す不明熱の患者さんの多くは内傷発熱です。内傷発熱は外から邪気が入って引き起こされるのではなく、体内の陰陽失調や気血津液の不調和に由来するものです。内傷発熱にもいくつかの類型(気虚発熱、陰虚発熱、肝鬱発熱、等々)があり発熱の病態も治療も患者さんによって異なります。
 比較的よく見られるのは気虚発熱と陰虚発熱です。気虚発熱は主に脾気の低下のために人体の火力(中医学では命門相火と呼んでいます)の調節ができなくなり火の暴走として発熱や身熱感のような熱証を呈する病証です。疲れると発熱する胃腸虚弱体質の患者さんに多く見られます。補中益気湯を中心とした健脾昇清の処方で脾気を高めることで相火の暴走を鎮め、結果的に発熱を治します。この治療法と処方は、約800年前の金代の名医である李杲(李東垣)によって提唱されましたが、現代の漢方治療でも応用できる有用な方法です。
 陰虚発熱の患者さんもいらっしゃいます。夕方から夜に身熱感と発熱が起き、朝目覚めたときには平熱に戻っているという特徴があり、しばしば寝汗(漢方では盗汗といいます)を伴います。膠原病や慢性肝炎などの慢性疾患を持っている患者さんにも時々みられます。陰虚発熱は陽気に対して陰(津液)が不足した陰陽アンバランス状態です。このような場合は不足した津液を補い、場合によっては過剰になった陽気を瀉す生薬を配伍した処方(清骨散など)を用いて陰陽平衡の回復を図ります。

食欲不振

食欲不振の漢方医学的な病態と治療について概説します。

食欲不振のイラスト1
 食事を摂って栄養分を吸収するという役割を果たす臓腑は胃・脾・小腸です。このうち小腸の働きは脾気に依存していますから、実質的に胃と脾が中心です。「食べたい」という気を起こすのは胃気が充実している証拠です。胃気が弱ると「食べたくない」とか「食べないといけないと思って食べる」というふうになります。これを胃気虚といいます。
食欲不振(体重減少)のイラスト
 一方、食べてもすぐお腹がいっぱいになってしまうとか、いくら食べても太らないといった症状は脾気虚が中心です。脾胃は表裏関係にある臓腑で関連が強いため、程度の差こそあれ、胃気虚と脾気虚は併存している場合が多いのです。
 このような脾胃の気虚による食欲不振には、四君子湯や六君子湯といった処方を中心に治療します。脾胃が冷えて弱っている陽虚証の患者さんには理中湯や附子理中湯で治療します。脾気や胃気はあまり虚していないのに食欲がない場合もあります。いわゆるストレス性胃腸障害の患者さんは肝気犯胃という病態で、ストレスからくる気の欝滞を改善させ胃の働きを回復させる必要があります。逍遥散などで治療します。胃に食物の停滞を起こして食欲が低下している患者さんには、保和丸や焦三仙などで治療します。

ふるえ(振戦)

ここではふるえ(振戦)について、主に本態性振戦の漢方医学的病態と治療について概説します。

ふるえのイラスト
 ふるえのことを医学用語で振戦といいます。西洋医学的に見て振戦には幾つかのタイプがあります。一つは安静時振戦で、体を動かさずにじっとしているときに現れやすい特徴があります。パーキンソン病が代表的で粗大な振戦が、甲状腺機能亢進症では動きの細かい振戦が特徴的です。これと対照的な振戦が企図振戦です。
 何か動作を始めようとするとグラグラ揺れるように振幅の大きい振戦が起こります。代表的な病気は小脳に関連する様々な脳疾患でしばしば、歩行障害を伴います。肝不全や腎不全で現れる羽ばたき振戦という特殊な振戦もあります。本態性振戦はこれらの基礎疾患がない微細で速い震えです。(本態性とは要するに原因がまだよく分かっていないということです。)鉛筆などで文字を書くと筆跡がびりびりと震えているのでよく分かります。若い人にも見られますが、高齢者に症状が目立つ傾向があります。
 中医学の観点からすると、震えるという振戦症状は「風」を表しています。風(ふう)とは六淫(りくいん)の一つです。六淫は風寒暑湿燥火という体外から人体に悪影響を及ぼす邪気のことですが、この六淫の筆頭格が風(=風邪:ふうじゃ)です。風邪の特徴は「動く、揺れる、上に舞い上がる」といった風(かぜ)の属性を持っていて、振戦という症状に当てはまるのです。また、実際に下肢よりも上肢や頭部に振戦は出現しやすいのも風の属性によるものです。上述したように振戦にも幾つかの種類がありますが、本態性振戦やパーキンソン病の振戦は風邪に対する漢方薬で対処することが多いのです。
 振戦をおこす風邪は体外から入ってくるものでは無く、体内から生じる風邪です。これを内風(ないふう)といいます。内風を生じる病態には血虚生風、陰虚動風、陰虚陽亢化風、風痰上擾といったいくつものパターンがあり、患者さんによって様々です。証に応じて七物降下湯、大定風珠、天麻鈎藤飲、鎮肝熄風湯、半夏白朮天麻湯などの漢方薬を中心に加減して処方します。

冷え症(冷え性)

冷え症の漢方医学的な病態と治療、一般的な養生方について概説します。

冷え症のイラスト
 冷え症は女性に多く見られます。中医学の陰陽学説では男は陽で女は陰ですから、女性はもともと冷えやすい傾向があります。西洋医学的に冷え症を起こす代表的な疾患は、慢性甲状腺炎(橋本病)に伴う甲状腺機能低下症です。まれに脳下垂体ホルモンの低下でも酷い冷え症になります。しかし、実際にはホルモンの異常を伴っていない冷え症の患者さんが大部分なのです。ただ、胃腸虚弱の症状があったり、女性では月経困難症を伴っていたりする場合が多いようです。
 漢方医学的に見た冷え症はいくつものタイプがあり患者さんによって病態が異なります。例えば手が冷えるという症状一つとっても、指先が冷える人、手の甲が冷える人、手の平が冷える人、全部冷える人と幾つものパターンがあり、それぞれに病態が異なります。指先が冷える人は血脈に沿った気血の供給が途絶えています(血脈阻滞)から、黄耆、当帰、川芎といった巡りを促進する生薬を中心にして処方します。手背や手掌が冷える場合は、それぞれの部位に皮気(皮膚表面を走行する気)の供給が少なくなっていることを反映します。それぞれ、細辛、附子、栝楼根や乾姜、牡蛎などの生薬を病態に応じて配伍します。
 手足だけでなく全身が冷える人もいます。一つには腎陽虚といわれるタイプで、命門(めいもん)という腰の奥にある人体のボイラー室の火力が低下した状態です。治療は補腎壮陽で主薬は附子になります。ボイラー室の火力は問題がないのに、体内から体表に気が出てこられないタイプ(膈不利)もあります。柴胡、半夏、栝楼根などを病態に応じて配伍し、全身に気がスムースに供給されるようにします。
 
 最後に、冷え症の人の一般的な養生方について記しておきます。
 
①食事について
・パン食を避け、朝食は温かい御飯(雑穀・玄米を少し混ぜることが望ましい)、味噌汁、小魚を基本とすること。
・御菓子など甘いものを控えること。(砂糖など糖分を摂取すると脂肪が燃焼しなくなり、冷え症がなかなか治りにくくなる。漢方的にも腎気を弱めてしまう。)
・バナナ、牛乳、生トマト、サラダなど体を冷やす飲食物を控えること。
・野菜や果物は国内で採れる旬のものを。サラダでなく温野菜で。
・冷やした茶、コーヒーは避け、極力温かくして飲むこと。(せいぜい常温)
②衣服について
・スカートよりもズボンを。(スカートの場合はストッキングで保温を。)
  →下半身が冷えると命門の火が衰えます。
③生活リズムについて
・1日30分程度の歩行をすること(通勤、通学でも可)
・夜更かしを避けること(遅くても23時までには床につく。)
・朝寝坊しないこと

腰痛・膝関節痛

慢性的な腰痛や膝の痛みの漢方治療について簡単に紹介します。

腰痛のイラスト
 腰や膝の痛みといえば針灸治療を思い浮かべる人が多いかも知れませんが、効果が持続しないという患者さんが多くいらっしゃいます。漢方薬でいったん改善すれば良い状態が持続しやすいのが漢方治療の特徴です。特に高齢者の腰痛や膝関節痛は加齢による変化を伴っている場合が多く、漢方治療の良い適応になります。
膝関節痛のイラスト
 疲労に伴う腰痛は「腎虚証」が中心です。熟地黄、山茱萸、杜仲など補腎の生薬を主体とした処方で治療します。椅子から立ち上がる時や歩き始めに感じる腰痛は瘀血(おけつ)が関わっていることが多く、桃仁、紅花、延胡索、牛膝など活血薬を主体にした処方で治療します。過去の交通事故やケガの影響で痛みが続いている人の痛みもしばしば瘀血が関わっています。腰が冷えて重く感じるようであれば寒湿が下半身に停滞していることが多く、苓姜朮甘湯や真武湯といった漢方薬で治療します。
 このほかにも漢方医学的に様々な複雑な病態があります。漢方専門医の診察によって個々の患者さんの「証」を判別し、一つ一つ生薬を選別してオーダーメードで治療します。

肩関節痛(肩の痛み)

肩の痛みの漢方医学的によくみられる病態と治療について概説します。

肩関節痛のイラスト
 身体の他の関節と異なり、肩関節には大きな特徴があります。腕は前後上下左右あらゆる方向に動かすことができますが、これが肩関節の特徴です。しかし、五十肩のように肩が固まって上がらなくなることがあります。
 漢方的には肩関節は冷え(寒邪)と湿気(湿邪)に弱い部位です。寝冷えをしたり、長時間クーラーにあたったりしていて肩が痛みだすということも少なくありません。肩の経絡(けいらく)を温めて寒湿邪気を除く漢方薬を処方します。附子、桂皮、羌活、防風などの生薬を中心に処方します。瘀血(血の停滞)や気滞(気の停滞)を伴っている場合は、さらに姜黄、莪朮、紅花などの生薬を配合して治療します。一口に肩といっても痛みの部位によって痛んでいる経絡が人によって異なりますから、それに応じて生薬を選択し処方します。

頭痛

頭痛の漢方医学的な病態と治療について概説します。

頭痛のイラスト
 頭痛といってもその内容は患者さんによって様々です。片頭痛(偏頭痛)のように発作性にガンガン痛む人、こめかみが絞めつけられるように痛む人、頭重感のある人、頭がボーッと痛んで考えがまとまらない人、頭というよりもむしろ目の奥が痛む人、月経前だけ頭痛が起こる女性。これらは皆、漢方的な病態が異なりますから用いるべき生薬や漢方薬も異なります。
 例えば片頭痛のような発作性の激しい頭痛は肝陽化風、陰虚動風、肝陽上亢といったように中医学でいう「肝」と関わりのあることが多く、鎮肝熄風湯や天麻鈎藤飲、竜胆潟肝湯といったような処方で治療します。こめかみが絞めつけられるように痛む人の多くは胆経や三焦経といった経絡の気滞が関係し、しばしば精神的ストレスや日常の緊張状態が背景にあります。柴胡疏肝散や抑肝散といった処方で気の疏通を治療します。目の奥が痛い人の多くは、肝血虚という病態が背景にあります。夜更かしや長時間の目の酷使(パソコン、テレビ)は肝血虚を悪くしますので養生もしなければいけませんが、熟地黄、枸杞子、当帰、白芍などの生薬で肝血を補います。漢方処方では七物降下湯などが用いられます。
 人によって証が異なりますから、漢方専門医の診察を受けて処方を決めてもらって下さい。

舌痛(舌の痛み)

舌痛の漢方医学的な考え方と主な治療方法について概説します。

舌痛のイラスト
 舌の痛みでお困りの患者さんは意外と多く、しかも長い期間痛みが続くことが少なくありません。アフタというタダレを伴う人もいますが、外見上は異常がなくただ痛むという方もおいでます。時に舌癌のこともありますから、一度お近くの耳鼻科や歯科で診察を受けておくことをお勧めします。
 中医学の蔵象学説では舌は五臓(肝・心・脾・肺・腎)の中で「心」との関連が深いのですが、他の臓腑の影響も受けます。舌先が発赤して痛む場合は心火証のことが多く黄連、山梔子、木通、乾地黄といった生薬で治療します。もともと胃腸虚弱で食欲不振の方の舌痛は病態が全く異なり、脾陽虚や陰火という証のことが多く、理中湯や補中益気湯のような脾を強化する漢方薬で治療します。
 西洋医学の塗り薬やビタミン剤などで舌痛が改善しない方には、漢方治療をお勧めします。

咽頭痛(のどの痛み)

のどの痛みの漢方治療の特徴について概説します。

咽頭痛のイラスト
 カゼによる軽い喉(のど)の痛みはトローチやのど飴でも自然に改善します。漢方薬では桔梗湯エキスをよく使用しますが、痛みが強い時には桔梗石膏エキスを併用すると効果的です。桔梗湯エキスは白湯に溶かして、喉を潤すようにして少しずつ服用した方が効果的です。
 もし、扁桃腺が赤く腫れて炎症が激しい場合には、金銀花、野菊花、山豆根、牛蒡子など清熱解毒の生薬を中心に治療しますが、必要に応じて抗生物質を併用しなければいけない場合があります。
 しかし、多くの場合漢方治療を希望されるのは、耳鼻科などで何か月も治療しても改善しない慢性の咽頭痛の患者さんです。このような患者さんの喉や扁桃腺はあまり腫れていませんし、わずかに発赤している程度のことが多いのです。この場合、抗生物質はもとより、上記のような清熱解毒の生薬や桔梗湯では効果が見られません。中医学の蔵象学説では喉は「肺」との関係が一義的ですが、経絡的に「腎」とも深くつながっています。腎陰虚や腎精虧損といった虚弱体質の患者さんではこのようなタイプの咽喉痛が持続し易いのです。そのような方には、滋陰益腎の効能がある玄参、乾地黄、黄柏などの生薬を中心とした処方で治療します。

頻尿(おしっこが近い)

頻尿(おしっこが近い)の漢方医学的な病態と治療方法について概説します。

頻尿のイラスト1
 頻尿とは俗におしっこが近いという症状です。ビールやお茶といった利尿作用のあるものを飲んでもおしっこが近くなりますが、これは頻尿とは言いません。女性では膀胱炎の症状との一つとしても頻尿が現れます。正確には単純性膀胱炎あるいは急性膀胱炎といいますが、これは疾患別の膀胱炎の項目をご覧下さい。
 中医学の臓腑経絡学説の観点からすると、尿を生成して蓄える作用は腎気の働きです。腎気は①気化作用によって体内の不要な水や老廃物を尿という形に濃縮させ、②固摂作用の働きによって膀胱の中に蓄えます。頻尿の漢方的な病態の一つは①の気化作用の低下によって尿が充分濃縮されないことです。治療は補腎化気という方法を用います。健康保険適応となる生薬としては、炮附子、熟地黄、山茱萸、茯苓といった腎気を補充しながら気化を促す生薬を中心に配伍します。
頻尿のイラスト2
 腎以外に、肝も頻尿の病態に大きく関わっている患者さんがいます。肝の経絡(足厥陰肝経という気の流れるルート)は外陰部の尿道口を巡っています。肝経の気の巡りがなんらかの原因で失調すると、尿道の開閉が上手く出来なくなります。よく精神的緊張でおしっこが近くなる人がいますが、このような人は肝欝気滞という証の人に多く、ストレスや緊張で気滞が強まることで頻尿を感じます。肝経の気の流れを改善する柴胡、香附子、烏薬、白芍といった生薬を中心に配伍して治療します。また、肝経に湿熱邪気が欝滞している患者さんでは、頻尿や排尿時違和感といった症状を自覚することがあり、竜胆潟肝湯や二妙散といった処方を用いて治療します。このほかにも、膀胱湿熱や心小腸有熱による頻尿の病態もあり、六一散や導赤散といった別系統の処方で治療することもあります。ひとくちに頻尿といっても証は人様々ですから、漢方専門医の診察を受けて処方してもらうことをお勧めします。

尿もれ(尿失禁)

成人、特にご年配の方の尿もれの漢方治療について概説します。小児の「おねしょ」については別項目をご覧下さい。

尿もれのイラスト
 上述の頻尿の項目でも述べましたが、腎気は①気化作用によって体内の不要な水や老廃物を尿という形に濃縮させ、②固摂作用の働きによって膀胱の中に蓄えます。特に②の固摂作用の方が低下すると、膀胱の中に尿を保持できなくなります。腎気は年齢と共に徐々に消費され減少していきますから、ご高齢の方はクシャミや咳などの刺激でも尿が漏れてしまう方が意外と多いのです。いわゆる腎虚とか腎精虧虚と呼ばれる証で、人によっては比較的若い年齢から起こっているのです。
 治療は腎を強化して固摂作用を高めることです。健康保険が効く生薬としては山茱萸、五味子、益知仁、蓮肉、牡蛎といった生薬が用いられます。上述の頻尿の項目でも述べた肝の経絡の失調でも尿もれが起こることがあります。尿もれも人様々ですので、漢方専門医の診察を受けることをお勧めします。

残尿感

残尿感の漢方治療について概説します。

 男性で残尿感を自覚する場合、前立腺肥大症や慢性前立腺炎が原因の場合があります。女性には前立腺がありませんが、残尿感でお困りの女性は少なくありません。女性のホルモンバランスや自律神経の失調から起こる尿道症候群という病気がありますが、詳しいメカニズムは分かっていないようです。
 高度の前立腺肥大症は手術や内視鏡による治療が必要になることもありますが、比較的軽度の前立腺肥大症による残尿感や慢性前立腺炎は漢方治療を受ける価値があると思います。また、女性の残尿感も漢方治療の適応になります。
 中医学的には尿を蓄える膀胱の役目は、腎気に頼っています。腎気虚なので腎気が衰えると膀胱の収縮が不十分になり残尿感を自覚します。熟地黄、炮附子、山茱萸といった生薬を中心にして腎気を補って治療します。膀胱に湿熱が欝滞していても残尿感が起こります。六一散、五淋散といった処方を中心に治療します。足厥陰肝経という肝の経絡は陰部を巡っていますが、この経絡が冷えたり、気が滞ったりしても残尿感を自覚します。烏薬、小茴香などの生薬を用いて治療します。


陰部の痒み

しつこい陰部の痒みの漢方医学的な病態と治療を概説します。

 陰部の痒みは男女や年齢の区別なく起こります。発疹がある場合と無い場合があります。発疹がある場合には、湿疹やオムツかぶれの他に、白癬菌やカンジダ菌などのカビの感染や尖圭(せんけい)コンジローマなどのウイルス感染が原因のことがあります。いずれも皮膚科的な治療で治りますし、稀に陰部の皮膚癌の一種のこともありますから、先ずは皮膚科医の診察を受けられることをお勧めします。
 漢方治療を希望されて来院する患者さんの多くは、発疹が無いけれどもしつこい陰部の痒みに悩まされている人です。(掻きむしって赤くなっている場合もあります。)成人男女だけでなく子供さんにもしばしば見られます。多くは夏に悪化する傾向があります。中医学的には陰部を巡る足厥陰肝経という経絡に湿熱邪気が欝滞している場合が多く、竜胆潟肝湯や二妙散といった漢方薬で治療します。苦参(くじん)という生薬の煎液の外用(入浴時などにガーゼに染み込ませて局所を洗う)を併用するとかなり効果的です。湿熱ではなく寒湿邪気の欝滞で生じる陰部搔痒感の患者さんもいます。こちらは比較的女性に多いようで、帯下(おりもの)を伴っている場合があります。苓姜朮甘湯や完帯湯など下半身の寒湿を除く漢方薬の内服に加えて、蛇床子(じゃしょうし)という生薬の煎液の外用を併用すればかなり効果的です。


PMS(生理痛、月経困難症)

生理痛(月経痛、月経困難症)の起こる中医学的な仕組み、病態、および漢方治療について概説します。

PMS(生理痛)のイラスト
 いわゆる生理痛(月経痛)は多くの女性が経験するものですが、日常生活に支障を来すような激しい疼痛の場合に月経困難症と呼ばれます。下腹部の痛みは月経時あるいは月経の1〜3日ぐらい前から起こります。腰痛、頭痛や吐き気を伴うこともあります。月経前にイライラしたり憂鬱になったりする月経前緊張症(月経前症候群、PMS)を伴うこともあります。
 中医学の観点から生理痛が起こる仕組みについて説明します。子宮の周囲の骨盤腔は静脈叢(じょうみゃくそう)といわれる血管の豊富な組織があり、中医学ではこれを血室と呼んでいます。
PMS(情緒失調)のイラスト
 一方、「肝蔵血(肝は血を蔵す)」というように肝という臓腑は血をプールしています。普段は肝に蓄えられている血(肝血といいます)が月経時に子宮や血室に移動して月経に供えるわけですが、このとき相対的に肝血が少なくなります(相対的肝血虚)。肝血が不足すると、肝の疏泄機能(気をスムースに巡らせる作用)が失調するのです。つまり肝は血で満たされていて、初めて気を流す役目を果たすことができる臓腑なのです。ですから、もともと肝血虚という肝血が不足している人や、もともと心理的ストレスで肝気鬱結となり疏泄が失調しがちな人では、生理痛が激しくなってしまうのです。陽虚や寒滞血脈といった冷えによって、気の巡りが悪くなっている患者さんでも、このような状況で生理痛が強くなります。
 ですから、中医学に基づいた生理痛の漢方治療では①不足した肝血の補充、②気血の停滞の改善、③併存する陽虚や寒邪への対処、といったようなことを行います。①の肝血を補うためには当帰、芍薬、熟地黄、阿膠などを、②の気血を巡らせるためには柴胡、香附子、烏薬、桃仁、紅花などを、③の陽虚や寒邪に対処するために炮附子、乾姜、桂皮、縮砂、小茴香などを、患者さんの証に応じて適宜配伍します。さらに、延胡索、我朮といった止痛作用のある理気活血の生薬を配伍して効果を高めます。
 ずっと鎮痛剤やピルを飲み続けることが不安になっている患者さんも少なくないと思いますが、そのような場合は漢方治療をお勧めしたいと思います。

更年期障害

更年期障害とホルモンの関係、更年期障害の漢方医学的な解釈と治療の基本について概説します。

更年期障害のイラスト
 閉経期前後に卵胞ホルモン(エストロゲン)の分泌が減少することによって生じる幾つかの症状の集まり(症候群)のことを更年期障害といいます。ですから婦人科的にはこの卵胞ホルモンを中心としたホルモンの補充療法(HRT:Hormone Replacement Therapy)が治療法の中心となり、内服薬や貼り薬や塗り薬によって人工的にホルモンを補充しますが、この治療で症候がうまくコントロールされている患者さんも多いようです。
 
黄帝内経素問
 次に中医学の観点から、更年期障害の起こる仕組みについてお話しします。およそ二千年前の医学書「黄帝内経素問」の最初の章に女性の閉経についての記載があります。何と書いてあるかというと『49歳になると妊娠を司る働きのある任脈と太衝脈が虚衰し、天癸がつきて、月経が停止します。それゆえ容姿も崩れ子も作れなくなるのです。』(七七任脉虚、太衝脉衰少、天癸竭、地道不通。故形壞而無子也。)この一文の中に天癸(てんき)という語句が出てきます。天癸とは父母から受け継いだ先天の精が化生して生殖能力を発揮するように変化した物質のことです。当然、男性にも天癸があります。(男性の天癸がつきるのは56歳と記述されています。)天癸は臓腑では腎に蓄えられているとされ、女性では更年期に急速に衰えるのです。(男性の天癸は徐々に減衰していくため、男性更年期は少ない。)腎における天癸の急速な減少は、陰陽失調を引き起こします。陰陽失調は陽気と陰気(陰血)のアンバランスです。のぼせや冷えといった更年期障害の典型的症状は中医学的に見れば陰陽失調の表現そのものなのです。
 治療は不足した天癸の本になる腎精、陰血、陽気の補充です。婦人科でホルモンを補充するのと似ているといえば似ていますが、個々の患者さんの証によって補腎益精、滋陰養血、補腎壮陽といったように補充すべきものを区別するところが漢方医学の特長です。それぞれに使用する生薬が異なり、補腎益精には熟地黄、鹿角膠、亀板膠、紫河車などが、滋陰養血には阿膠、当帰、芍薬、枸杞子などが、補腎壮陽には附子、肉桂、杜仲、淫羊藿などが用いられます。以上が本治といわれる陰陽調整のための根本治療ですが、個別の症状、例えば、のぼせ、冷え、目まい、不眠、イライラといった症状を緩和するためにさまざまな生薬を用いて気血や心神の調整を行います。婦人科のホルモン補充療法と漢方の併用も効果的です。

むくみ(浮腫)

むくみ(浮腫)の漢方医学的な病態と漢方治療について概説します。

むくみのイラスト
 むくみの原因は様々で、部位も顔面、四肢、全身など様々です。リンパ節郭清などの手術の後に生じる浮腫は片側の腕や下肢に起こりますが、ここでは一般的なむくみについて解説します。
 まず西洋医学的にむくみを起こす重大な疾患がありますから、その点は必ずチェックしておく必要があります。例えば、心不全、腎不全、ネフローゼ、急性糸球体腎炎、肝硬変などです。しかし、これらは一般的な血液尿検査や普通の診察で大体判別できます。漢方治療を希望しておいでる患者さんは、これらの基礎疾患の治療を受けているにもかかわらずむくみが改善しない方や、あるいは基礎疾患が無いのにむくみを自覚する方です。
 漢方医学的にむくみ(浮腫)も患者さんごとに病態が異なります。共通していることは水の代謝が悪くなっているのですが、その起こり方が異なるのです。五臓(肝心脾肺腎)のうち水代謝に大きな役割を担っているのが、肺・脾・腎の3つです。津液(生理的な水分)に対する布散を高め(宣発)、水液(余分な水分)を人体の排水路に流す働き(粛降)を行うのは肺の役目です。肺の失調(肺失宣粛)ではしばしば顔面、瞼を中心としたむくみが起こりやすい傾向にあります。麻黄、杏仁、石膏、蒼朮、茯苓といった生薬を適宜配伍して治療します。「脾は運化を司る」といい体内の水の運搬に脾は深く関わります。この脾の運搬機能が低下すれば(脾失健運)、主として四肢にむくみが生じ、手足が重だるくなります。黄耆、白朮、大腹皮などの生薬を中心に配伍します。腎は命門の火という一身のボイラー室のような働きで全身を温めて水の代謝を促進します。これを腎の気化といいます。腎の気化機能が低下すると(腎気不化)、多くの場合冷えて水が巡らなくなり下半身を中心に水が停滞します。下肢中心に冷えとむくみが出やすくなります。附子、肉桂、沢潟、猪苓などの生薬を中心に冷えとむくみを同時に治療します。
 その他のタイプのむくみもありますが、いずれにせよ、ここの患者さんの証によって生薬や処方を使い分けることになります。

夏ばて

夏ばての症状と治療を漢方医学の立場から概説します。

夏ばてのイラスト
 夏ばては病気のうちに入らないかも知れませんが、漢方医学的に見るとやはり正常な状態ではありません。中医学には六淫(りくいん)という概念があります。風・寒・暑・湿・燥・火の6つを六気といいそれぞれ季節性があります。(風は春、寒は冬など)夏ばてに関係するのは「暑」あるいは暑気です。
 暑気そのものは夏の本来の天気(天の気)ですから異常ではありませんが、暑気が過剰になると暑邪(しょじゃ)となって人体に悪影響を及ぼします。夏ばてはこの暑邪によるダメージの軽いものと言えます。
 
暑邪の特徴は大きく2つ挙げられます。
①気と津液を消耗しやすい
 暑いと汗をかきますが、多量の汗をずっとかいていると津液が不足します。津液とは人体を潤す正常な水分のことです。単なる水ではありません。人体の恒常性を維持するための様々な成分を含んだ潤い物質です。この津液が失われると傷陰という病態になり、口渇、煩燥、手足煩熱、不眠といった症状が現れます。一方で、汗と一緒に気も漏れ出してしまいますから、気虚という病態も同時に起こることになります。気虚になると倦怠感が起こるようになります。傷陰と気虚が同時に起こりますから、これを気陰両虚といいます。これを治す基本処方は生脈散(人参、麦門冬、五味子)です。エキス製剤にはなく煎じ薬でしか処方できませんが、生脈散をもとにした加味方で清暑益気湯という処方があり、これは健康保険が使える医療用エキス製剤にもあります。単純な夏ばてでは、この清暑益気湯でほぼ対応できます。屋外や暑い場所での運動や作業をしなければいけないときには、熱中症予防に予め服用しておくことも有効です。
②湿を伴う
 暑気は湿気と火気が合体したような夏特有の外邪です。陰陽学説(木火土金水)では湿気は土に属しますが、人体で土に属する臓腑は脾胃、すなわち消化器系です。ですから、湿気の過剰は脾胃に悪影響を与えやすいのです。みぞおちのあたりがモヤモヤしたり、食欲低下、下痢を起こしやすくなります。すると、食べ物から気が作られにくくなりますから、気虚に拍車がかかるようになるのです。このようなときには平胃散や茯苓飲といった処方で脾胃の湿気や水の停滞を改善させます。
 また、昨今は逆に夏の暑い時期に、冷たいものの飲み過ぎ、過度の冷房で体を冷やしすぎる人もいます。これは①とは逆の病態で、陽気を損ねますから陽虚という病態になります。陽虚でも慢性的な倦怠感がでます。現代人の夏ばての一つのパターンです。特に、冬に寒がる人はもともと陽気は盛んではありませんが、夏の冷房はほどほどにして、飲み物は冷たいものを控えるようにしなければ陽気は回復しませんから、倦怠感はなかなか改善しません。患者さんによっては夏に温める漢方薬を使わないといけないのです。

のぼせ(ホットフラッシュ)

のぼせの漢方医学的な解釈と治療の基本について概説します。

のぼせのイラスト
 のぼせは漢字で「逆上せ」と書くように、何かが逆上している症状です。漢方医学的には熱気の上昇です。熱気球が上昇するように、人体の過剰な熱気も自ずと上昇するので、のぼせは頭や顔で起こります。のぼせでお困りの患者さんの多くが女性、特に 40歳前後から 50歳前後にかけての女性です。この原因は 更年期障害の項目でも解説していますが、女性は閉経年齢に近づくにつれて「天癸(てんき)」と呼ばれる父母から受け継いだ先天の精が減少していきます。天癸は生殖機能の源ですから 40歳前後からは妊娠し難くなっていきます。生殖機能以外で天癸は気血の生成の源でもありますから、同じく閉経期に近づくにつれて気血の減少、特に女性では陰血の減少が男性よりも急速に進みます。
 若い頃から夜更かしや過労を重ねてきて陰血不足(陰虚や血虚)の体質になっていたり、人によっては子供の頃からそのような体質の方は、この年齢時期に陰血不足が酷くなり易いのです。陰血は陰陽論では陰に属しますから、相対的に陽が優位になります。陽は熱の属性を持っていますから虚熱(この場合は陰血不足から発した内熱)を生じます。
 恒常的にのぼせている患者さんもいますが、普段はのぼせていなくても、急な気温上昇や精神的緊張などを引き金にバッと虚熱が上昇して発作性ののぼせ(いわゆるホットフラッシュ)を起こすこともあります。この虚熱が頭や顔に上昇していって「のぼせ」症状を起こすことになります。また虚熱のせいで怒りっぽくなったり、睡眠が浅くなる、血圧が変動しやすくなるといった症状が起こることもあります。
 漢方薬による治療の基礎は陰血の補充です。これを中医学では滋陰養血法といい、熟地黄、当帰、芍薬などの生薬を使用します。さらに上昇した虚熱を引き下ろすために下降性の薬物である釣藤鈎や牛膝などを配合し、虚熱を冷ますために知母、黄柏、牡丹皮といった薬物を配伍します。医療用エキス製剤では七物降下湯(日本の医師、大塚敬節の創方)が代表的ですが、患者さんによってはこれだけでは不十分なことも少なくありませんので、煎薬で処方するようなこともあります。
 養生法としてもっとも大切なことは、夜更かしと寝不足を避けることです。そうすることで陰血の消耗を防ぎます。とりわけ、夜遅くまでの目の酷使(特にスマホ、パソコン、テレビといったディスプレイを凝視すること)が最も良くないことです。「夜、なかなか寝付けないので何をしたらいいですか?」と患者さんから尋ねられますが、ラジオや音楽を小さい音で聴くのなら大丈夫ですとお伝えしています。小さくてリラックスできるような音なら耳は比較的に夜にも強いからです。

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